沙爛さんと『春琴抄』は最高だと言う話をした。あるマゾの子も自分のバイブルだって言ってたな。その子は『春琴抄』のことをえっちな本だと思っていて、本屋さんで買うときすごく恥ずかしかったんだって(^^)まるで自分のことが書かれているみたいだと感じて、夢中になって読んだみたい。

マゾヒスト諸氏は確かに佐助のうちに自分の姿を認めるかもね。『春琴抄』は短いけれど、美しい主従の物語で私も確かに胸を打たれた。今ではとても大切な本だけど、私にとっては同時に触れてはならないような気持ちにもなる恐ろしい本でもあった。


私は学生時代、明治、大正あたりの綺麗な文章が好きで、谷崎潤一郎は時々というか、ほとんど愛読していたと言ってもいい作家に入ると思う。『卍』、『痴人の愛』、『刺青』、『少年』なんかはよく読み返した。柔らかな関西弁に、谷崎自身の性癖がそのまま滲み出しているかのような文体は、官能的で心地よく甘美だった。日本固有の美しさというものに触れてみたくて『陰翳礼讃』も繰り返し読んだ。小説の文章も素敵だけれど、エッセイの文体もまた違った魅力がある。暗がりに浮かび上がる眉もなくお歯黒をした女の人の白い顔と玉虫色に光る口紅のイメージにも魅了された。私の美的な感性にも大きな影響があったと思う。


『春琴抄』に話を戻すと、実はそんなに谷崎潤一郎を愛読していた私だったのに、ずっと避けていたんだよね。それはなぜか。話の内容はもちろん知っていた。わがままで暴君めいた女性に惹かれ、仕打ちに耐え、隷従する男性の話。読んだことのない人も『春琴抄』の最も有名なエピソードについては聞いたことがあるかな?もしネタバレが嫌って人がいたらこの先は読み飛ばしてほしいんだけど、そう、あの目の話。私はそれが怖かったんだ。

前も書いたと思うけれど、私は支配欲が強い方。でもね、誰かのことが欲しい、全て自分のものにしてしまいたい、完全に支配してしまいたいなんて欲望は浅ましいし、恥ずかしいものだと思っていたんだよね。まだそういう気持ちは残っている。だって、そういうのちょっと人としてどうかと思うじゃない?笑

いまはよろこんで受け入れてくれる誰かさんたちがいるから、まあこういう生き方もありなのかしらって思えるけれど、これでも十代の頃には「世の中の規範に沿った」「大人しくて」「従順で」「可愛らしく」「聞き分けの良い」「女性らしい」女の人にならなくては…っていう強迫観念にさらされて生きていたのよ。当時の私、なんて真面目で可愛らしい良い子なんでしょう。笑

とは言いつつも、自分の中に欲望があることは変わらず。
とにかく蓋をして触れないようにするしかない。そんな風に考えていたのに、こんな物語を読んでしまったら…。私も何もかもを差し出させてしまうひどい人間になってしまうかもしれない…。『春琴抄』は既に自分の特性に気付きはじめていただけに、恐ろしかった。触れた瞬間に守ってきた何かが崩れてしまいそうで。だから長い間、読まずにいたの。

自分は他の人たちのように「普通の人」としては生きていけないかもしれないと感じること。それは若い人間にとっては特に、変態さんたちはみんな思い当たる節があるかもしれないけれど、馬鹿げていて、でも同時にとても深刻な悩みなのよね。私もあちこちでぶつかったりして、ようやくいまの形に落ち着けた部分がある。自分の欲望をどうやって表出させたらいいかもよくわかってなかったのよね。その話もまたいずれ。

本の話をするはずがつい自分のことも書いちゃったせいですごく長くなっちゃった。ここで一旦切ろうかな。というわけで、次回につづきます。
あ、青空文庫で『春琴抄』が読めるのでリンクしておきます。
気になる方はこちらからどうぞ。良い子は予習しておきましょうね♪


三津香 Mistress Mitsuka

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